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愛してるとか言わない。
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    2015年11月3日。
    CDデビュー16周年おめでとうございます。

    毎年毎年思うけど、16年経ったってよー…!!

    っていう。
    思うこともだいたいいつも同じ。

    16年ありがとうございました。
    17年目もよろしくお願いします。

    *

    ギアを入れ替えたのが12年だとすれば。
    ぐっと踏み台に乗っかったのが13年で。
    思いっきり飛び上がった14年。
    飛び出した「キモチ」が、より一層の具体的な形をまとって跳ぶ15年。

    15年が始まった直後から、走りだしていたという今年の「Japonism」の形が姿を表すのももうすぐ。
    「原点回帰」を謳う今年は、なんとなく感じていた「嵐を識る」ことを意識しているのだろうかと思っているのだけれど。
    どうなるのかなぁ。

    *

     
    ……今の嵐はおもしろい。

    そんな風にオイラが思うのは、嵐が「嵐」をアピールしているようにも感じられるからで。
    そう。西暦で区切れば、明らかに07年-11年の間の嵐と12年からの嵐は違う。
    「変わった」のではなく、それは成長のようなものだとも思う。
    あくまでも「ようなもの」で、「成長」でもないんだけど。

    07年以降の世間の波と格段に増えた仕事量、露出量に対応しながら、覚悟を決めて「時代に流される」ことを選んだ彼らが、ただ「流されるまま」ではなかったことを、今の彼らは証明していると思う。
    今の彼らは「流されること」を辞めたと断言できるし、きちんと彼らの目指す道を自分たちの足で歩けるようになっているとも思う。
    少なくとも「嵐」というカテゴリの中で、明確な意志を持って、自分たちを表現していることが伝わってくるのが楽しい。
    「利用される」だけではなく「利用」しながら。
    自分たちが創りだす「嵐」という形を示している。

    決して物分りのいい、体面を考えたようなことばかりではなく。
    きっちりと自分たちのやりたいことをやり遂げることができる人たち。
    頑固だなー!と感じるそれらも、オイラにとっては安心感でもあって。

    例えば、CDやアルバムについているメイキング、デジタリアンのドキュメント。
    シークレットトーク的な5人トーク。
    主に「ファンがお金を出して買って、興味を持って触れる」だろうものに、きっちりとした「嵐」としての意志や主張が盛り込まれている。
    毎ツアーでのうらあらしで募集される感想とか。
    青キミのウラアラトーク用に募集された質問とか。
    直接、声を届ける機会があって、そこに届いた声が如実に反映されているのでは。と、思えることも。
    もっと端的にネット上での悲喜こもごもにしても。
    ファンの観たい/聴きたいに関わらず、ポジでもネガでも必要とあれば、どんどん意思を示す彼らがとても好きだと思うし。
    そこで、究極的に自分たちの意志を曲げることなく、考えぬくという態度も好きなんだ。

    最近、端的に出たな。と思ったのは、宮城BLASTの挨拶シャッフルの件で。
    オイラも含めて、報道があったからこその挨拶シャッフルかと思った人も多かっただろうと思うんだけれども。
    (いや、少なくともオイラは、実にうまくコンサートに入り込めるようにしてくれたな!すげーな!って思ってたし、そういう感想をツイートしてた)
    2日目のMCで、あっさりと、最初からそういう予定だったのだという話をし始めて、誤解を解いていた。
    その後、雑誌のインタビューや各ラジオでもその旨の話がされていたけれど。
    元々、特徴的な演出ということもあったと思うけど、こういうところで、きっちりと抑えていくのがさすがだなーって思っていた。

    分からないこと、間違っていること、伝える必要があることを、きちんと拾って、少なくとも自分たちのファンが知ることができるようにしていることが嬉しくて。安心できると思ってしまう。
    希望も願いも疑問も、それが「嵐」の糧になるのならば、ちゃんと作用していっているのが見えることが楽しい。
    デジタリアンから特に、「嵐がしていること」を、こちらにも伝わるように見せてくれる機会も増えた。
    メンバーそれぞれの「こうしたい」が、関わりあって形になっていくのが見えるのが楽しい。
    自分たちの創っている「嵐」の形を、ファンからも見える場所に置いておいてくれている。というか。
    これができる余裕ができたこと自体も嬉しいのだけれども。
    こうして、きちんと「嵐」を識ってもらおうとしているようにも思う。
    ついているファンをみんな連れて行くって決めて、そうして選んだ手段が、変わらぬ「嵐」のままであることが愛しい(笑)
    きっとブレないまま、彼らが彼らであることを提示し続けてくれるし。
    そして、16周年。17年目。
    改めて「原点回帰」として、嵐として示すものが、逆に「今の嵐」に繋がるものになるのではないか…!?と思っていたりもするので。
    コンサートを見るのが楽しみです。



    そんでなー。
    昨日のZEROで、V6・20周年コンサートがあって。
    嵐が、アンコール1曲目のTAKE ME HIGHERのバックで当時のJr.の振付を踊ったことを受けての翔さんのコメント。

    僕は、13歳の時にジャニーズ事務所に入って、2ヶ月後…。初めてステージに立たせていただいたのが、V6のみなさんのコンサートだったんです。
    ですので、僕が初めてステージ上から見る景色というのが、自分から見て、V6さんの背中があって、その奥にファンの方々、ペンライトで埋め尽くされた客席っていうのが、初めて見た景色ですので、この光景、忘れられませんし。言わば、みなさん僕の原点なんですね。
    また今回のコンサート、会場の中は当然ですけど、外も含めて「おめでとう」というようなファンの皆さんの暖かい空気に包まれていまして、とても素敵なコンサートでした。ですので、4年後、私たちも20周年を迎えますけれども、V6のみなさんのように素敵なコンサートができるようなグループになっていきたいなと改めて強く思いました」

    4年後の正解なんて判らないけれど。
    嵐と嵐のファンが、どんな関係になっているのか、とか。
    想像もつかないけれど。
    せめて、もっと理解が深まればいいとも思う。
    ファンにとって都合がいい「嵐」ではなくて、「嵐」を大事にするファンが増えてくれればいいと思う。

    WSとレポだけでの感想にすぎないけれど。
    嵐がV6のバックに踊ったことでの賛否両論があるのはもちろんとして。
    それでも、あくまでもオイラに見えた風景の中で、嵐は嵐としてではなく、「ジャニーズJr.」としてV6のバックを務めていて。
    今のジャニーズJr.を使わないV6のコンサートで、「TAKE ME HIGHERを歌っていた当時のジャニーズJr.が、当時の振付のままバックで踊る風景」っていうのは、嵐にしか作れない光景なんだろうなぁと思ってしまった。
    そうすること自体にも、賛否両論はあると思うけれど。
    20周年という記念のコンサートで、嵐からのV6ファンを含めて「サプライズプレゼント」としてのお祝いの形を示したかったのかなぁって。
    …って、オイラが、こういうことを書くこと自体が、余計なお世話だって話だし。
    可能性を示してみたところで、何の意味もないんだけど。
    大好きな先輩の、大好きなコンサートへの、ファンを含めてのお祝いを届けるために、がっつり楽しんで、真剣にパフォーマンスをしたこと、それ自体に嘘もなく。
    いろいろあれども、やっぱりオイラは、彼らが行けてよかったと思ってしまうので。
    そこまで心を尽くすに値するような環境が、4年後、彼らの周りにもあるといいなと思ってしまった。
    (嵐の10周年のときは、あらゆる意味で、ホントにそれどころじゃなかったからね…;;)

    目指す未来が、暖かいものであればいいと思う。
    ゆっくりでも立ち止まっても。
    なにがあっても。
    今という通過点が、大事な点になればいいと思う。

    16周年おめでとうございます。ありがとうございます。
    17年目も、楽しみにながら歩いて行きましょう…!
    | [嵐]アラシガタリ | comments(0) | - |
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