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    12年後のシブヤ
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      書きそびれていたことを今年のうちにまとめておこうと思ってます。

       

      ってことで、まずはシブヤから。

      Bunkamuraシアターコクーンで、12月に再演された「シブヤから遠く離れて」。

      マリー以外の配役が変わって、ナオヤは村上虹郎くん。

      観劇後、初演時の自分の感想を読み返してたら、再演あっても行かないって書いてあって、ちょっと笑ったんだけど。

      実際、12年っていう歳月と、蜷川さんが亡くなってしまって、演出が岩松さん自らだっていうのが大きかった。

      初演時と同じ劇場で、またシブヤを見られるとも思ってなかったし。

      セットも演出方針ももちろん違うんだけれども、見終わったあと、ああ、オイラはマリーとナオヤが大好きだった!!って、大きな確信みたいなものを抱けたことも嬉しかった。

       

      思いがけない収穫といえば、再演を観たことで、初演時の蜷川さんや二宮さんの演技方針について、体験的に自分の中で「ああ、そういうことだったんだ」って納得できたことだった。

      青の炎で一緒にやったことで、「ぜひとも」という熱量を伴って、短期間の中で蜷川さんが用意してくださった「シブヤ」の舞台。

      コクーンという劇場、現代劇、オリジナルの岩松脚本。

      現実と非現実の中をふわふわと漂うような、時間の中に縛られた少年の役。

      あの当時、シブヤを観たことで、オイラの演劇に対する感覚は確実に変わった。

      それから、二宮さんが演技の話をするとき、たびたび言葉にするようなこと。

      台詞を言うときに、聞こえなくてもいい、とか。何かのとっかかりを残すように、みたいな感覚が。

      もしかしたら、蜷川さんと一緒にやったことで、培われていたものだったのかなぁ、と思えた。

       

      どちらがいい、とかじゃなくて。

      ちゃんと別物だったので。

      最初の頃は、観ながら、言い方が違う!とか演技が違う!とか、そりゃ当たり前なんだけど。

      頭の中で、好きな台詞とかは特に、頭の中でにのの言ってた台詞や演技も重なってくるから、それもなんか不思議な体験だった。

      セットだって、庭にあるのは枯れたヒマワリじゃなくて、台本通りのススキだったし。

      ケンイチくんのお母さんの部屋も、舞台の中央じゃなくて、下手側にあって、印象的だった孔雀の絵も、はっきりとは出てなかった気がする。

      そんな中で、マリーが出てきたら、「マリーだ!!」って思って。

      知ってるマリーだったから。それもすごいなって思いながら観てた。

       

      魅せよう、伝えようとするやり方の違いがあるから、そりゃそうなんだけど。

      なんとなく、思ったのが。

      蜷川演出では「わからないことはわからないまま」で、岩松演出では「それぞれの行動原理について何らかの答えを持っている」ところではないか、と。

      実際、初演時よりもわかりやすく感じたのは、自分が年を取って、20代当時に見えなかったのもが見えるようになったっていうのもあるとは思うんだけど。

      言葉や演技の選び方みたいなところで、特にナオヤやケンイチくんが、きちんとなんらかの答えを持って動いているように見えたので。

      特に、最後のシーン。

      こういう感情を渡そう、っていうのが明確で。

      ああ!これは解放の話だったんだ!って、ようやく腑に落ちたから。

       

      当時、二宮さんは、台本について、「わからないからわからないまま」っていう風にしていて。

      無理して理解しようとしなくていいんじゃないか、という方針を取っていて。

      自然と、自分もそれに倣っていたし、その「わからないままたゆたっている」状態が心地よかったので。

      そういう風に観ていたけれど。

      それはやっぱり、演出意図や方針として、それが取られていたからなんだなろうなぁと思った。

       

      なんでもない台詞ーー、オイラが好きだった「もはや許しませんぞぉ!」とかブドウのくだりだったり、2千円のやりとりだったり、水銀灯からの長台詞にしても。ほかにもいっぱいあるけども。

      響き方が違ったので、なるほどなぁー!!って思ったんだ。

      んで、たぶん、ちょっとザラつくような。心のひだに引っかかるように響かせるのは、蜷川さんの演出だったんだなぁ、と思って。

      抑揚であったり、尖らせ方であったりで、伝わり方が変わるんだなと思った。

      「動け、動け、動けよ、、、!」のところで、蹴らずに手で揺すっていたのは、時代なのかなぁって思っちゃったけども。

      結果的に、シブヤの物語もナオヤもマリーも好きだったし。

      オイラはやっぱり好きだ!!って思ったし。

      あの当時から、今につながる二宮さんの演技の原点みたいなところに触れられた気もしたし。

      こうやって再演があって、今のタイミングで観に行けてよかった。

       

      結局、にのさんは観に行けなかったのかなぁ…?(ーvー;)

      ちょっと本人の感想も聞いてみたかった気がする。

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