<< 19! | main | smile again >>
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    スポンサードリンク | - | - | - |
    僕が笑うから、君は泣け。
    0

      怒涛の1週間だった。

      (って、正確にはまだ経ってないけど)

       

      怒涛の、というか。

      去年(というか、一昨年?)から受け取ってきたものの、種明かし第1弾。みたいな感じ。

       

      日曜日。

      2019/1/27。

      5x20ツアーが終わって。ようやく、通常モードな日常復活!ということで、映画2本立てしてた。

      1/25に日付が変わる頃、翔くん誕生日おめでとーってわいわいやって。

      Myバースデー動画見て、嵐wwwwwってなってた。

      1/26は、コンサート会議やって申し込み決めて、相方とあれこれ嵐の話をしてた。

      コンサートのことと、嵐のこれからのあれこれな予想と。いつもの会話。

      そんな勢いで、映画観に行って。

      「十二人の死にたい子供たち」と「刀剣乱舞」。

      審神者(さにわ)(って、なんでだか読み方が覚えられないんだよな…なんでだ…)に仕える刀剣男士たち見てたら、なんでだか、(なんで嵐の人たちは嵐を続けてるんだろうなぁ)って思ってた。

      まあ、昨日の余韻引きずりながらのいつもの思考ではある。いつものこと。

       

      嵐が嵐を続けるモチベーションってなんだろうなぁ。っていうのは、オイラの中では結構な命題で。

      四方八方に気を遣って、細心に注意しながら、自分たちが進むべき道を選んでいく。

      プライベートも自分たちである程度律しながら。

      「国民的」という肩書も、10年前よりもきちんと背負えるようになって。

      たくさんの期待と羨望と希望を背負って、「嵐」として立っている。

      ファンのため、スタッフのため、仕事を依頼してくれた人たちのため、自分たちが関わる人たちのため。

      唯一、「嵐のため」と言える場所は、コンサートなんじゃないかって、ずっと思ってて。

      唯一、嵐が嵐のために、純度高く「嵐」でいれる場所。

      ……それだって、ようやく。ようやく、だ。

      12年頃に、07年とか、08年くらいから頭上に掲げてた「ファンのため」っていう言葉に「嵐のため」って言葉を並べられるようになって。

      それ以降、「嵐のため」の割合を増やしていっているように見えていた。

      オイラは、嵐が嵐らしく生きていけること。

      嵐が、嵐のために、自分たちがやりたいことや魅せたいものを表現して欲しかったから。

      そうやって考える中に「ファン」の存在がいなくなることもないと信じていたから。

      嵐から見える「ファン」の形と、嵐が魅せたい姿が、うまく噛み合っていけるといいなと思っていた。

      実際、Japonismからあゆはぴが生まれたとき、とうとう来た!とか思ってた。

      ここまでこれた!って。これを作れるようにまでなった!って嬉しかった。

      メンバープロデュースで、嵐を演出。

      それぞれが引き出す、嵐の形。

      ひとりひとりが表現する世界観。

      それらをまるっと違和感なくまとめあげる手腕。

      受け取るファンはまだいびつだけど、それでも、引っ張って行ってくれるんだろうなって思ってた。

       

      オイラの価値観の中で、好きな人たちにずっとあって欲しかったのは「実感」だったから。

      「楽しい」「嬉しい」「またこんな時間を」って、コンサートの場所でめいいっぱい感じて欲しかった。

      現場でファンとして返せることってそれぐらいしか思いつかない。

      ちゃんと「君」を見てるよ。受け取ってるよ。楽しんでるよ。って。

      もう、自分のほうから手を放すようなこともしたくはなかった。

       

      17時過ぎ。

      ちょうど帰りのバスに乗っていて、うたたねをして2つ分乗り過ごしてた。

      降りてからしばらくして、ようやくスマホを見た。

      Twitterからの通知のなかの文字に一瞬引っかかる。

      「え?」と、ロック画面を外してたら、ニュース速報の通知があった。

      「嵐 活動休止」って書いてあった。

      へ????となって、Twitterを見る。さっきのニュース記事の見出しを見つけて、あ、まずは公式って、FCにログイン。

      文章よりも先に動画を見た。

      大ちゃんが神妙な顔をして話し始めた。

      「…そっか。そりゃ、しょうがない」って思った。

       

      2020年12月31日をもって、嵐としての活動を休止する。

       

      解散じゃなかった。休止だった。

      コメントをざっと読んでたら、相葉ちゃんもにのも全然嵐を諦めてなかった。

      翔くんと潤くんは、とにかく覚悟を決めて、「今」に尽力しようとしてた。

       

      TLを眺めながら、ここ2年くらいのことが頭の中を駆け巡っていく。

      にのが口にし続けていた「5人で嵐」という言葉。

      だんだん呪いみたいだな、と思っていたけれど。まさしく呪いだった。

      ギターを後輩にあげたのも、ラジオで嵐縛りのリスナーフェスになったこと。

      もう自作はしないと言ったこと。一途が終わること。

      すべてをここに繋げるのも強引な話なんだろうけど。

      なんとなくの延長線上に感じてしまった。

       

      22時過ぎ。

      20時から記者会見があって、その様子がほぼほぼ「Mr.サンデー」で流れた。

      会見の様子は、できるだけ編集がなく、そのまま見たいと思ってたからありがたかった。

      主導権は嵐側が握っていた。

      明るい雰囲気で、笑いもこぼれる和やかな会見になっていた。

      記者からの質問でピリつく瞬間もあったけど、それも見ている側には萌え要素になっていた。

      会見の中で、大ちゃんの「休みでもいいんじゃないという言葉に甘えた」という言葉に安堵した。

      翔くんが「解散ではない」と言って、相葉ちゃんは「リーダーが同じ方向を向いたときは」と、大ちゃんに「巻き起こします」と言わせてた。

      潤くんは、いつまで休むのか?という質問に窮した大ちゃんに「決まってるなら教えてよ」ってフォローしていた。

      にのの「リーダーが発端でこういう決断をしたということですが、僕ら4人も休むわけで」ってところにちょっと引っかかった。

      いや、指しているのは「嵐の活動を」なんだけど。…うん。

       

      それから。

      ネット記事にあがる会見記事を眺めていた。

      およそ「休止会見」とは連想できないくらいに和やかな写真が載っていた。

      先の放送でカットされていた場面も文章で確認できるようになってくる。

      時間も深夜にかかると、会見の全文記事もアップされ始めて、会見の様子をゆっくりと飲み込んだ。

      質問は「嵐の活動」範囲内で終始し、余計なプライベートへ派生することもなかった。

      そういうあたりのメディアコントロールもありがたかった。

       

      自分がさほど動揺しなかったのは、発端が大ちゃんだったことと。

      いつかこういう日が来るんだろうなと思っていたから。

       

      今回の5x20ツアーは楽しかった。

      嵐の20年が丸ごと詰まっていた。

      あれもこれもとタイムカプセルみたいに、記憶が刺激される。

      まだツアーは続くから、ネタバレは避けたいのだけれど。

      ちょっとだけ。

      「未来」を指していると個人的に解釈しているダンスメドレーパートの選曲が不穏だった。

      「なんで?」って思っていたけど、歌詞の組み合わせは、前向きに感じたので、なんとなく深堀をしないまま受け止めた。

      (なによりも、そのときのにのの威力がすごくてそれどころじゃなくなった←)

      挨拶で、嵐からのファンへのデレがすごかった。特に翔さん。

      いや、全編そうだけど、20周年だからってこんなにファンと向き合って、ファンに向かって組みあがっているコンサートって、ある?

      10周年の頃、見たかったコンサートはこういう懐かしくて新しいやつだよ!って思った。嬉しかった。

      あの頃見たかったものが見れた。5周年、10周年の頃、自分の中でもやもやしていたことが解消された。

      こんなにいっぱい幸せもらっていいんだろうか?とか思ってた。

      そんで、……それでも、全部終わっても、「これから」が見えなかった。

      先が見えなくて、とりあえず50公演終わったら、何か見えるのかな。彼ら自身も何かを掴むんだろうかって思ってた。

      漠然と、このツアーが終わったら何かが変わるんだろうなという予感だけはあった。

      なんとなくの行き詰まり感。これから「嵐」としてどうしていくのかなってことを考えてた。

      年齢と、キャリアと、実際の仕事で求められることのバランス。

      だんだんと歪さが明確に出てくるだろうそれを想像しながら、どうするんだろうなって思ってた。

      だからって、「休止」という判断が出てくるとは思ってもみなかったけど。

      実際に、大ちゃんの「嵐としての活動を終えたい」「一度嵐をたたみ、5人それぞれの道を歩んでもいいのではないか」あたりの言葉に、大きな違和感も持たなかった。

      できれば、ゆっくりと降りていく景色を一緒に見たかったんだけど。

      それも、揺るがなそうな「今」から、より彼ららしい活動、年齢に見合う活動へとシフトしていくには、こういう方法を取るしかないのかなと思った。

       

      1/28。

      NEWS ZEROで有働さんによる翔さんのインタビュー。

      会見後のメディア、ファン、あらゆる反響も大いに鑑みたうえでの受け答え。

      復活は「あります」と明言した。

      翔さんサイドからの経緯説明のなかで、上の人から「休めばいいじゃない」という提案があったことが補足された。

      そして、それに対して「休んでいいの?」という反応だったというあたりで、またホッとした。

      あくまでも一時的な休止。また5人で集まる、と。

       

      正直な気持ちとしては、大ちゃん自身が、そして休止中の個々の活動の中で、実際どうなるのかっていうのはわからないなぁと思ってるし。

      どちらにせよ、彼ら自身が決めることだし、今そのことをぐずぐず考えても仕方ないかなとも思った。

      大ちゃんの言う「また5人で集まってたときのためにビジュアルは整えておく」あたりの発言にすがる感覚で、この2年、思いっきり楽しむしかないかなと思った。

      また戻ってきたいと思う場所であるように。

      いつでもまた集いたい場所になるように。

      彼ら自身の選択肢の中から、ファンの手でそれを消すことにはしたくないなと思った。

       

      スクラップ&ビルド。

      なんとなく、次のステージへ進むためには、ここを通るしかないんだろうなという気持ちがあるから。

      実際に、その時をオイラが見れるのかどうかはまた別として。

      嵐がより嵐らしく活動できる日々に繋がることを、オイラは願うしかない。

      2年後、同じような気持ちを抱いているのかどうかも、今はわからないけれど。

      先のことは考えない。今はまだ。

      この2年間で、彼ら自身から見えるものを、こちら側に見せるものをちゃんと受け取っていきたいと思った。

       

      1/29。

      きっちり余計なことを言わない、ファンに向けて、全方位に向けて、「嵐としての在り方」の説明は終わったので、書くことがなくなってきたのか、憶測や記者の感想を交えた報道が増えてきた。

      WSも新聞もネット記事もほとんど見なかった。どうでもよかった。

       

      不意に、これから先、嵐の二宮和也としてのパフォーマンスが見れなくなること。

      歌って踊る姿が見れなくなるときがくることが悲しくなった。

      にのあいも見れなくなる。翔くんや潤くんとふざけることも、大ちゃんにくっついていくことも見れなくなる。

      愕然として寂しさが募りだす。

      想像できないけど、今、想像しても仕方ないって思いながら、ぐずぐずしていた。

      それでも、にのから前を向きすぎないでいいと言われているし。

      嵐の人たちから泣いていいって言われてるから、無理せずに泣く。ひきずる。寂しい。

       

      1/30。

      少し遅れてEnjoyが更新された。

      WSであったらしい勝手な憶測も否定する内容。

      必要なことはちゃんと僕らから伝えるから、それ以外は信じなくていい。

      絶対に後悔させないから。と。

      潤くんらしいまっすぐで強く優しい内容。

      同時に「今は」伝えられないことも、言えないこともあるんだろうし。

      これから先も言わないこともあるんだろうと思った。

      それでも、彼らが魅せたい姿を見たいと思った。

      話があったという2017年6月から現在まで。

      彼ら自身の様子や話していたこと、態度。それらにリンクしていくだけのものが今までの彼らからの発信の中にあったから。

      コンサートの挨拶で、毎回必ず翔さんが言っていた「申し訳ないけど、この5だけは譲れない」という言葉。

      どこかの挨拶でにのが言っていたという「繋いだ手がちぎれても繋がっている」という言葉。

      大ちゃんの「みんな優しいんだよ」という言葉。

      「嵐は5人でしかありえない」という異口同音の言葉たちも。

      近況報告の中でのメンバー同士や嵐だけで食事に行っていたことも。

      そして、「untitled」と今回のツアーの内容。

      彼ら自身の発信の中で、確かに根底にあったんだろうなと思われるあれこれがあったから。

      具体的なことはわからなくても、とにかく「5人で嵐を続けたい」という明確なそれだけは確かにあったんだろうと思った。

       

      2/1。

      Mステ3時間SP。

      オーケストラ伴奏の「君のうた」から「感謝カンゲキ雨嵐」を披露。

      雑音があると目が曇るのを実感。

      余計なことを見ずに、彼らが魅せているものを受け止めようと思った。

      結局、どんな顔をしていても、パフォーマンスをしていても、オイラは彼ら自身ではないから、本当の気持ちなんてわからない。

      いくらか自分の感情を反映してみていることもあるんだろうと思いつつ。

      目に涙をいっぱい溜めて、感謝のときに至っては、思いっきり大ちゃんのほうへ気持ちを向けていたにのさんを見るにつけ。

      ホントに大好きで、必要なんだよなってことを思ってしまう。

      最後にぎゅっと固まって、大ちゃんの顔を見て、隣の潤くんに思いっきり体をぶつけて、物理的な距離を詰めて笑うにのと、両端からぎゅっとされて思わず笑みがこぼれる大ちゃんを見て。

      笑ってほしいんだよって思った。

      彼らは、自分たちを好きな人たちが悲しむことも、寂しがることも、泣くことも知っている。

      そういう決断をしたから、申し訳なさそうな顔もする(それはそれでずるい)。

      それでも「最後まで笑っていよう」と決めた人たちはちゃんと笑う。

      TVの向こうにも届けと歌う。踊る。笑う。

      そんな彼らを見て、また涙が出てくる。

       

      翔さんは、感謝のラップの中で「同じ夢を見よう」と言った。

      「Let's get the party started!!!!!」と高らかに宣言した。

       

      2年間の嵐の一区切りに向けた壮大な一大プロジェクトは幕を開ける。

       

      嵐の人たちひとりひとりにも、ファンひとりひとりにも。

      たぶん、それぞれにありとあらゆる感情が生まれ消え流れしていくのではないかと想像する。

      「全く同じ気持ちで」というのもありえない。

      発表後のFC会員数の増加率、その300万にも届きそうな延べ人数のカウントを流し見しながら。

      あとどれくらい嵐に会えるのか、パフォーマンスを見れるのかと思う。

      簡単に会うことも許されないのが今はもどかしい。どうしようもないことだけど。

      たくさんの気持ちを飲み込みながら、それでもどうせなら楽しく駆け抜けたい。

      ……いや、駆け抜けるよりも。ちゃんと受け取れるものは受け取っていきたい。

      時が止まればいいのに。いつでも夢の中にいれたらいいのに。

      思ってしまうことは止められなくて。

       

      大ちゃんを真ん中にぎゅっと固まる4人を見ながら、「申し訳ないけど、この5だけは譲れない」という翔さんの言葉がよみがえった。

      大ちゃん自身が求めていること、やりたいこと。

      彼が笑える方向。

      申し訳なさそうな顔をする、これを選択した彼。

      オイラは、ずっと大ちゃんには確かな実感を持ってて欲しかった。

      そういう大ちゃんを見たかった。

      そして、「5人でいること」を選ばせた、そういう4人のエゴも確かにあるんだろうとも思った。

      そして、その環境に身を委ねて甘えることを選んだエゴもあるんだろうとも思った。

      いつになく、というか、より強固に5人が内向きになっている。

      ただし妙に前向きに。そんな風に感じた5x20だったから。

      そういうことかと納得せざるを得なかったのだけれど。

      ここまで「嵐」に固執すること。

      「嵐が嵐であること」を成立させようとすること。

      そういう選択を採らせる「嵐」という存在。

       

      いつか、この辺の解が得られることもあるのかもしれないけれど。

      とにかく脳内に響くのはこれだ。

       

      「嵐のことは嵐にしかわからない」

       

      一区切りの入り口に立った今だから。

      これから何が起きるのかなんて予想もできないし、まして自分がどうそれらを受け取っていくのかもわからない。

      だから。

      ただ願う。いつもどおり。

      彼ら自身が笑って楽しく過ごしていけることと。

      進んでいったその先で、少しでも自分たちらしく生きれるものを掴めること。

      できればいろんな予想を超えて、嵐らしい未来を作れるようになってほしい。

       

      翔潤のフルスロットルな体制に、わくわくもするし、怖くもなっている。

      走りすぎて振り落とさないように、周りもよく見てね。という気持ち。

      にのも相葉ちゃんも大ちゃんも同じく、見落としがちなところ拾えるようにスクラム組んでて欲しい気持ち。

      …もありつつ。

      やりたいことめいいっぱいやってね。って思う。

      今の嵐でしかできないこと、魅せておきたいこと。いっぱいいっぱい見たい。

      そして、ファンが迷子にならないように、たくさんの道しるべを用意してくれててありがとう。

      いつか笑って今日を振り替えられるといいなと、すごい先の未来を願う。

      今日のレコメンで相葉ちゃんが言ったこと。

      「10年後の自分へ、笑っていろよ」

      ひとつひとつの選択が、そこに繋がっていますように。

       

      メモとして。

      18/10/21 ニノフェス

      ※10曲目、20曲目、30曲目

      ・とまどいながら
      ・Happiness
      ・Monster

       

      18/12/30 リスナーフェス

      ・full of love

      ・One Step

      ・伝えたいこと

       

      19/1/6

      ※1曲目だけは引かなかった

      ・A・RA・SHI

      ・遠くまで

      ・maboroshi

      | [嵐]アラシガタリ | comments(0) | - |
      スポンサーサイト
      0

        スポンサードリンク | - | - | - |
        Comment
        It comments.